活動日誌・お知らせ

2020年8月6日(木) 核による犠牲者を追悼するキャンドル・ビジル広島

原爆の日(広島)にあたり、6日7時から8時、三条大橋の上で「核による犠牲者を追悼するキャンドル・ビジル(追悼の祈り)」えお行いました。被爆二世三世の会とピースウオーク京都が呼びかけたもの。9日の長崎の日にも同時刻で行います。

議員団から山田議員、富樫議員も一緒に参加しました。

ビジルの後は、毎週水曜日の市役所前座り込みの主宰者である中塚さんのお店「わたつね」に移動して、みんなで美味しいおそばをいただき、歓談しました。

ビジルの前には、夕方の民放テレビに二世三世の会世話人代表の平さんが被爆者の花垣さんと一緒に登場しました。結構長い時間放送されていました。

(更新日:2020年09月01日)

2020年8月6日(木) 初めてのオンライン原水禁大会、増田さん個展

10時から原水爆禁止2020年世界大会(オンライン)広島デーが始まった。

暑い広島、長崎(9日)で行われる世界大会だが、コロナ禍の状況ならば致し方ない。

私は、山田議員と一緒にラボール京都を会場にさしたオンライン大会に参加した。

主催者報告、被爆者の証言、国連代表挨拶、オーストリア大使挨拶、メッセージ紹介(松井広島市長や政党代表らの挨拶)が続いている。

途中抜けして、被爆二世画家増田さんの個展に向かいます。

8月6日(木)から9日(日)にかけて、被爆二世三世の会でご一緒している増田正昭さんの個展が開かれています。被爆者の肖像画や原爆ドーム、被爆あおぎりなどの絵を展示されています。画は油絵から近代的画法まであります。

 今年は被爆75年の記念の年。コロナのための対策も考えながらの開催です。会場は釜座通り二条上がるのギャラリー35(ミーコ)※釜座通りに看板を出しています。町家風のいい雰囲気のギャラリーです。被爆者の証言をまとめた本の表紙に使われているアオギリの絵もあります。

 6日にはオープニングに際して11時~zoomを使ってWEB展示会(ライブ)を行いました。守田敏也さんが進行役を務め、作者の増田正昭さんに一つ一つの絵について製作にあたっての思いなど語っていただきました。私も被爆二世として一言スピーチをさせていただきました。

(更新日:2020年09月01日)

2020年8月2日(日)「ふるさと津島」DVD上映にあたって

2日の夜6時からキッチンハリーナで開かれた「ふるさと津島を映像で残す会」によるドキュメンタリー『ふるさと津島』上映会&菅野みずえさん(福島県浪江町津島地区から兵庫県に移住)のお話会に妻と一緒に参加した。

ドキュメンタリーDVDは、被曝後のふるさと津島の様子をドローンで撮影したもの。故郷を追い立てられ、家主もいないまま荒れ果てていく自宅が森に飲み込まれていく姿が切ない。
「悔しい」「早く帰りたい」と語る姿と声が痛々しい。

しかし、なんか違和感がぬぐえない。なぜなのだろうか?

DVDを見終えた後、菅野さんの話を聞く中で分かった。

それは、帰還困難区域にもかかわらず、登場するみなさんが防護服を着ていないし、マスクもしていない。スクーリングの場面も靴を履き替える様子もない。区域の建物の中で弁当を食べるシーンも、神楽の道具をそのまま身に着けている。
何より、放射線量を図るシーンも紹介もない。

このままだと、製作者の意図に関わらず「もう津島に帰っても大丈夫だ」というイメージが作られ、避難している者が「いまだにこだわっている頑固な人たち」とみなされ、新たな「分断」に利用されるのではないだろうか?!

このDVDと一緒に菅野さんの話を聞かれることをぜひお勧めしたい。

(更新日:2020年09月01日)

2020年8月1日(土) 党地域支部が学生へ食材提供プロジェクト

コロナ禍で授業やアルバイト再開の目処が見えず、学生生活が成り立たなくなっている大学生を支援しようと、日本共産党京都府委員会や民青同盟と日本共産党金閣・衣笠支部が協力して、「食材提供プロジェクト」を立ち上げて8月1日に食材提供ボランティアをおこなった。

赤旗しんぶんや団体機関紙にチラシを折り込み、全戸配布もやり、党後援会員にも協力をお願いし、たくさんの支援物資が寄せられた。

当日は関西の梅雨明け宣言後の初日で一気に暑い一日となった。それでも、チラシや宣伝を聞いたという学生や、通りすがりの学生など、昼過ぎまでに20人近い学生が食材を手にして嬉しそうに帰っていった。

(更新日:2020年09月01日)

2020年7月31日(金) コロナ対策緊急提言で副市長と懇談

7月31日、党市議団は、志位委員長が安倍首相に対し行った「新型コロナ対策にかんする緊急申し入れ」を門川市長に届けました。私と、西野さち子市議団副団長、加藤あい幹事長が参加し、村上圭子副市長と安部康則担当局長が応対しました。

私が「緊急申し入れ」の経過と内容を説明、京都市の現状について認識を問うとともに検査対象の拡大を要望しました。村上副市長は、「京都市は濃厚接触者の範囲について早くから幅広に規定し取り組んできた。児童福祉施設の特質を踏まえた検査や高齢者施設については重視し注意喚起してきた。検査の拡大については戦略的に行う必要がある」と述べました。安部担当局長は「市立病院の全員検査には京都大学に協力いただいた。防疫的観点から必要な検査を行っており、京都市においては7割の感染経路が追えている。しかし、感染爆発が起きると経路が追えなくなることも視野に入れ検査を拡大する必要がある」との認識を示しました。

 さらに同様の申し入れを区長さんにもおこない、意見交換を行いました。ある区長は「急激な感染拡大を防ぐには、防疫の視点で感染リスクが高い医療機関などの施設や地域に網をかぶせて検査を行えというのはその通り」「GOTOトラベルキャンペーンはやるのが早すぎたし、東京を対象から外したことにより効果は半減した」「その場しのぎの対応が国民から批判されている」など率直な意見が出されました。

(更新日:2020年09月01日)

2020年7月22日(水) 久しぶりの党市会議員団市政報告懇談会

コロナ禍で2月の予算要求懇談会以来開催を自粛していた市議団の市政報告懇談会をコロナ対策を十分にとって、22日に開いた。
 私が挨拶を行い、玉本コロナ対策本部事務局長と加藤幹事長がそれぞれ報告。私からは、「感染拡大を封じ込めてこそ経済が回る。GOTOキャンペーンの中止を」「観光業界含めてコロナの影響で落ち込む事業者に直接支援を」「今こそ市民生活を応援する市政への転換を」と訴えた。

 参加者から、コロナ感染拡大をめぐり検査体制や陽性者の病床確保状況を明らかにして市民に知らせることの重要性についての指摘。また、党議員団はPCR検査の更なる対象拡大等を昨日申し入れたが、感染リスクの高いエリアや業界についての特別の手立ての必要性についてご意見をいただいた。
 そして、学校の状況や保育所の職員増員の要望が出され、学生の運動の紹介と市による実態把握の必要性や子ども文化会館廃止の中止や文化団体への支援の要請、医療機関・介護事業者の損失の訴え、学童についても状況報告があった。

 京都市が設置した行財政審議会について、出直しと中止求める運動を広げると、力強いご発言もいただき、三施設一体化についても「密」を回避するうえでもそれぞれの施設があることの重要性が増しているとの指摘も。
 ご参加ありがとうございました。議員団の今後の活動にいかしていきます。

※懇談の発言は、加藤あい市議の投稿を引用させていただきました。

(更新日:2020年09月01日)

2020年7月22日(水) 被爆者証言集の発行にあたって

「あげーなむげーことをしちゃいけん」

亡くなった被爆者の父の言葉を思い出しながら、「語り継ぐヒロシマ・ナガサキの心」(被爆者の証言集・京都被爆二世三世の会編集)を一気に読み終えた。

一気にと言いながらも、何度も涙が止まらなかった。何故なら父の言葉もそうだが、私が京都被爆者懇談会の世話人になって知り合い、お付き合いを始めて途中で亡くなった被爆者の方が何人も登場するから。

あぁ、あの時の顔と語り口が思い出される。何回も涙を拭いながら読み終えた。

それでも、証言を寄せて今でも生き抜いている被爆者や家族、被爆者に寄り添って明るく力強く励ましてきた田渕さんや平さんはじめ懇談会や二世三世の会の仲間がいる。

被爆75年の今年、被爆者の悲願である核兵器廃絶と戦争のない世界の実現へ、核兵器禁止条約の発効目指してがんばる勇気と決意が湧いてきた。

(更新日:2020年09月01日)

2020年7月21日(火) コロナ感染検査拡大の緊急申し入れ

東京都の感染者が火曜日にも関わらず237人となり、京都市では市立病院がクラスター(集団感染)となっている。コロナの収束どころか、ひきつづき感染拡大が進んでいる。21日、この状況において、京都市長あてに「感染拡大を踏まえた緊急申し入れ」をおこなった。内容は、①PCR検査体制と能力を拡充し、感染者との接触が疑われるすべての人を対象に実施すること、②保健師をふくむ医療衛生分野の職員の増員、③「GO TOトラベル」キャンペーンの実施見送り。
 私から本日の赤旗日刊紙に掲載された小池書記局長の記者会見の内容を伝えた。
 申し入れ全文は、議員団ホームページを参照してください。

 申し入れに対して三科市危機管理監は「経済活動の再開も感染拡大を封じ込めることによって達成できる」「コロナ特措法にかかわらず感染症法に基づいて基礎自治体でできることをやる」「この内容を保健福祉局はじめ全庁に伝えて、実践に生かしたい」と述べました。

(更新日:2020年09月01日)

2020年7月19日(日) 災害ボラ、19日行動、「慰安婦」企画

梅雨明け前の合間の久しぶりに暑い日曜日。汗をかきながら一日中走りました。

午前中は、紙屋川上流開き町豪雨被害の泥出し。紙屋川問題に取り組むみなさんと一緒に、畑や床下や倉庫に流れ込んだ泥をスコップと一輪車で河川敷へと運んだ。汗まみれになり、昼から予定があったので午後からは若者たちに任せた。泥はまだ大量に残っており、またボランティアに入ります。日程は追って連絡します。

自宅で休憩して、野党共闘にがんばる喫茶店に顔を出してから、議員団の仲間と19日行動に駆けつけた。久しぶりに福山和人節を堪能して、コール無しのサイレントデモに。加藤さんの逆さプラカードは愛嬌です。

デモを途中抜けして、日本軍「慰安婦」問題を記憶・継承する会の「インドネシアで「慰安婦」にされた女性たち」企画に参加。日本軍が敗戦濃厚な中でインドネシアで行なった理不尽で残虐な行為を許してはならないし、忘れてはいけない!
犠牲になった女性たちの証言と支援するみなさんの熱い思いに心がふるえた(写真はありません)

(更新日:2020年08月19日)

2020年7月16日(木) 75年前人類初の核実験は米のトリニティーで

今日は7月16日。今から75年前の1945年7月16日、ニューメキシコ州の米軍射爆場でトリニティと名付けられた人類初の核実験が行われたことをご存じですか?

一方で7月16日は京都の祇園祭りの宵山。いつもならば、四条通り界隈は祭りの鉾が立ち並び、コンチキチンの鐘の音とともに祭りムードは絶好調。だが、今年はコロナ禍で祭りは中止、人通りもまばら。

ということで、河原町三条で「被爆二世三世の会」が宣伝行動を行い、私も会のみなさんや山田市議と一緒にアピールに立った。

トリニティの核実験に使われたのはプルトニウム作られた原爆。8月9日に長崎に投下するための実験だった。

これまで最初の核実験は8月6日に広島に投下された原爆だと思っている人が多いと思うが、実はトリニティが最初の実験だった。

そこから人類の核兵器との闘いが始まったのだ。

長い道のりだったが、2017年の7月7日に国連総会で核兵器について「非人道的な悪の兵器」として核兵器禁止条約が122か国の賛成で採択され、50か国の批准で国際法として発効することになった。現在40か国が批准しており、被爆75周年の今年のうちに発効することは確実。今はそのカウントダウンに入っている。

その思いを込めながら、ハンドマイクでアピール、ビラ配布、署名訴えを行った。

(更新日:2020年08月19日)

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