活動日誌・お知らせ

2018年1がつ7日(日) 消防出初式、新春旗びらき

7日、連休中の日曜日、朝からフル稼働。

6時半に起きて、新婦人班の青春18切符小組みの温泉カニツァーに出かける妻と班のみなさんを京都駅まで輸送。

ひと休みして、市消防団の出初め式に。例年の出初め式と比べて暖かい日差しが差す中、消防車のパレード、消防団や自主防災組織の行進など見せてもらい、激励した。関係者のみなさんお疲れ様でした(╹◡╹)

途中から抜けて、地元の二つの地域支部の新年会に参加してあいさつし、今年の抱負を語り合った。

最後は、私も普通免許取得の際にお世話になった北区の自動車教習所労働組合の旗開きに参加。日本共産党から穀田衆院議員が連帯あいさつ。焼肉食べ放題コースに舌鼓をうちながら歓談したが、教習所に来る若者、特に学生の数が大幅に減っているそうだ。就職しても給料が低くて車を持てない若者事情があるらしい。さらに、バイクの免許取得に至ってはピーク時の半分以下に落ち込んでいるとのこと。

そういう中で、この労働組合は会社の合理化や労働者攻撃と正面から闘い、全員参加の組合活動をめざしてがんばっているから連帯して毎年参加してエール交換している。

(更新日:2018年01月15日)

2018年1月5日(金) 今年の初キンカン行動

5日、今年の初キンカン行動。

大飯原発差し止め訴訟原告団事務局長の吉田さん作成のコール原稿をお借りして初コール。調子に乗って、いつもマッツーさんが叩いてるジャンベを借りてコールの拍子取り。

手袋を忘れて冷たかった指もあったかくなった(╹◡╹)

今年も原発ゼロ、再稼働ストップめざしてがんばるぞ

(更新日:2018年01月15日)

2018年1月5日(金) 市役所初宣伝と団初顔あわせ

 5日、党市会議員団と市職員党後援会と一緒に市役所東門前にてこくた恵二国会対策委員長と一緒に宣伝。昨日の初出宣伝は、4月の知事選挙を展望して民主府政の会としておこなったので、二日連続の朝宣伝となった。
 今日は18名の党議員そろって登庁する職員のみなさんに新年のあいさつをおこなった。18名がそろって訴えると壮観、私は幹事長として司会役をつとめた。そのあと、市会議場に移動して集合写真を撮影。この写真は今後の議員団のニュースや広報に使用されます。

(更新日:2018年01月15日)

2018年1月3日(水) 新年今宮神社初宣伝

新年恒例の今宮神社横のあぶり餅で、北健康守る会の新年顔合わせ。あぶり餅を頬張りながら新年の抱負を語り合った。

そのあと、これまた恒例の神社前での初宣伝。今年は知事選挙の年でもあり、民主府政の会北区連絡会として宣伝。

民主府政の会事務所長の森さん、共産党から穀田さん、倉林さん、そして浜田府議、玉本市議、らと初詣のみなさんに訴えた。

昨日は、浜田府議と宣伝車で選挙区内を回り、マイクを通して新年のあいさつをした。通りすがりのの方から手を振ったりたくさんの激励の声をいただいた。今年も元気いっぱい頑張りたい。

(更新日:2018年01月15日)

2018年1月2日(火) あけましておめでとうございます

2018年、あけましておめでとうございます。

年末は妻と一緒に広島の実家に帰り、大晦日は朝から恒例の町道から家に上がる道の端と溝の掃除と墓掃除に。

妻と弟と三人で溝から枯れ葉をすくい上げて、一輪車で旧畠に運ぶ。最初は談笑しながらが、途中から腕と腰と膝がだるく痛くなり、途中から黙々とひたすら運んだ。運ぶ途中にも風が吹くと土手に溜まっている枯れ葉が落ちてくる。

妻と「福島の除染作業もこんな感じなんやろな」と言いながら、夕方にはなんとかやり終えた(╹◡╹)

墓掃除も終えて、墓に眠る親父(被爆者)やお袋と先祖のみなさんに挨拶し、疲れた身体を風呂で温めて、紅白歌合戦を観ながら晩ご飯。ゆく年くる年の除夜の鐘を聞きながら新年を迎えた。

さて、実家の田んぼは父が亡くなった数年前から休耕田。集落の世帯も高齢化と家に住む後継者もおらず、昨年よりすべての家が少し離れた農作業請負の有限会社と契約してコメを作ってもらっている。我が家も二反ほど契約しているが、残りの田んぼは草が生え荒れたままだ。

このままだと近い将来、限界集落になってしまうのではないかと不安になる。かと言って京都にいる私の立場からすれば、五月連休・盆休み・年末に帰って草刈りとくだんの作業をするくらいしかできない。

今の国のノー政と貧困な自治体行政では末端の農家の未来は見えない。

重たい課題を胸に京都に戻り、また日常の生活が始まる。しかし下を向いているばかりでは何も始まらない。前をむいてがんばりたい。

(更新日:2018年01月15日)

2017年12月30日(土) 「君たちはどう生きるか」漫画バージョン

数日前に購入した一冊の本、「君たちはどう生きるか」漫画バージョン。キンカン行動に参加し、年末の活動も一区切りつけて一気に読みきった。

1937年、吉野源三郎さんがいまから80年前に発刊された不朽の名作。私も民青に入った大学時代に読み、「ものの見方、考え方」の指針になった本の一つだ。少し難しいところもあるが、漫画とセットで一気に読める(╹◡╹)

時代や若者を取り巻く状況はずいぶん変わったが、「自分とは何か」「どう生きるのか」に悩むのは常に若者だ。

おじさんが友人との約束を破ったコペル君に「僕たち人間は、自分で自分を決定する力を持っているから過ちを犯すし、誤りから立ち直ることができる」と励まし。また読者には「君たちは、どう生きるか」と投げかける熱い思いは、80年たってもまったく色あせていない。

読み終えて、何か熱いものが込み上げてきた。大学卒業を控えている私の娘に勧めてみたいが、はたして読んでくれるかだろうか?どんな反応が返ってくるか楽しみだ。

(更新日:2018年01月15日)

2017年12月29日(金) 今年の終いキンカン行動

年の瀬も押し迫ってきました。今年最後のキンカン行動に行ってきました。下京ネットのみなさんが年末恒例のおぜんざいを振る舞っていただき、お代わりして二杯いただきました。(╹◡╹)美味しかったです。

来年こそ原発ゼロの実現を目指してがんばろうと、エール交換して一足先に失礼した。

(更新日:2018年01月15日)

2017年12月24日(日) 全国高校駅伝とプチ同窓会

24日、今年も都大路を駆け抜ける高校駅伝大会に私の母校である世羅高校がアベック広島代表としてやってきた。

というわけで、今年も広島から応援に来た者、関西にいる者達が集まってプチ同窓会をやることになった。

毎年、男子のスタートを見届けてから、安易だが呑み屋でテレビを観ながら同窓会兼ねて応援している。

今年はいつものお好み焼き屋が満席で、山田市議の紹介で西大路五条の近くにある呑み屋を借り切って乾杯(╹◡╹)アンカーが五条通りに帰ってくる頃には店を出て待ち受けて激励した。

レースの結果は、女子が9位、男子が20位だった(//∇//)が、ベストを尽くして走った選手たちご苦労さまでした。

(更新日:2018年01月15日)

2017年12月23日(祝) 守田・こくたトーク、被爆者励ますクリスマスつどい

23日、「京都の政治を市民の手に」と題するトークつどいが開かれた。主催したのは日本共産党1区後援会、穀田恵二衆院議員と守田敏也さんのビッグトーク。

総選挙候補者であり選対委員長だった穀田さんと、市民連合として市民と野党共闘の先頭に立った守田さん。選挙戦を振り返って率直かつリアルにトーク。互いにリスペクトしてるのがよくわかるトークであった。

会場からも、これまた率直な意見や提案も出された。それに対して両氏が丁寧に答えて、最後は「これからが野党共闘の正念場。共産党はそれを支えてがんばる」ことを確認して終わった。

昼からは、毎年の恒例イベント「被爆者を励ますクリスマス平和パーティー」が開かれ、被爆者60人と家族や被爆2世3世合わせて約100人が参加した。

日本共産党から、私と井上哲士参議院議員、浜田府議が参加し、井上参議院議員が代表して、国連で核兵器禁止条約採択の現場に立ち会った感動を紹介してあいさつ。

嬉しかったのは、被災者懇談会か被爆50周年記念に製作したビデオ「オマールさんを知っていますか」に当時小学生で出演した田原美法(みのり)さんが、プロの津軽三味線奏者としてビデオ上映をバックに演奏と民謡を披露してくれたこと。そしてなによりも元気な被爆者のみなさんと会えたこと。

核兵器禁止と廃絶に向けた運動の前進を確信にして、最後は「来年も元気にお会いしましょう」と呼びかけて終わった。

(更新日:2018年01月15日)

2017年12月21日(木) 廃墟となった焼却灰溶融施設を視察

 19日に、焼却灰溶融施設訴訟における住友重工との和解が正式に成立し、154 億円の和解金が本市に支払われ、プラント施設の解体撤去作業は全て本市に委ねられることになる。

 グッドタイミングで21日、党市会議員有志で溶融施設と東部山間埋め立て処分場の視察に行った。担当者から改めて施設の説明を受け、事故やトラブルの起きた箇所と原因・背景をリアルに聞き取りし、「和解金残額の9億円で可能なのか」を詰めたやりとりした。担当者は、「すぐに解体工事に入るのは難しい。労務単価を見ながら活用計画と合わせて考えていく。場所的にあまり集客は望めない。まぁ、しばらく一服させて欲しい」とあまり意欲を感じられないなぁ。

 外に出て改めて施設を見上げる。80メートルの煙突が突っ立っており、解体されるのを待っている。虚しい景色だ。

 そのあと、埋め立て処分地を展望台から見学。あと50年は持つ見込みだ。さらに延命させるために、新たな溶融施設ではなく、ゴミ減量を進める決意を新たにした。

(更新日:2018年01月15日)