活動日誌・お知らせ

2017年11月8日(水) 台風21号の爪痕、今宮神社大鳥居と大森地域を視察

先月の台風21号の被害が至る処に爪痕を残している。

自宅マンション近くにある今宮神社の大鳥居が風にあおられて南側に傾いてしまった。神社は緊急対策としてつっかい棒で支えるらしいが、本格的な対策はしばらくかかると言う。第二次被害が起きないようにしていただきたい。

さらに、北区北部の北山杉が倒れて交通が遮断されたり、電線や電話線を切断して、ライフラインが重大な事態となった。土木事務所など関係機関が頑張ってなんとか復旧できた。

しかし、小野から大森に向う大森街道沿いの電話線が大変だと連絡があり、さっそく現地に行った。写真のように、大木が根こそぎ倒れて電柱を倒し、線を切断したとよくわかる。

さらに、電柱を建て直して、電線はほぼ元通りになったが、電話線はガードレールの外に放置されたまま(≧∇≦)それでも電話は開通したらしいが、このままではいけないだろう。早急な復旧をNTTに申し入れることにした。

そのあとに、大森の奥にあるキャンプ場を訪問して当時の状況と要望をお聞きした。今後の災害対策に活かせる意見交換ができた。

キャンプ場のもみじが綺麗に紅葉していた。

(更新日:2017年11月14日)

2017年11月6日(月) 「9月市会を終えて声明」を発表

6日、議員団会議を開いて「9月市会を終えて」声明を集団議論して確認し、発表しました。全体で約6千字、議員団の論戦を総まとめしたものです。結構な長文ですが、ぜひお読みください。

日本共産党 京都市会議員団の紹介、定例市会報告、ニュースなど
cpgkyoto.jp

(更新日:2017年11月14日)

2017年11月5日(日) さっちゃんとの至福のひと時

久しぶりに孫の話題。

総選挙をはさんだ9月市会も終わり、「市会を終えて」声明案を書き上げ、娘夫婦に「晩御飯でも一緒に食べようか」と声をかけて、孫のさっちゃんに会いに行った。紫野小学校演説会以来だから三週間ぶりになる。妻と材料を買い込んで、いそいそと出かけた。

パパにご飯を何回もおかわりして、「よく食べるね〜」と声をかけると、嬉しそうに手を叩いて喜んでくれる。いっぱい食べたお腹を披露。

ご飯のあとは遊びタイム。いまハマっているのは、テープの積み立て遊び。つかまり立ちしながら、積み上げては自分で拍手してあそんでいる。娘曰く「安上がりやわ〜」と。

じいじいの膝に座って、遊んでくれる。これこそ、なににも勝る至福の時であるp(^_^)q

(更新日:2017年11月06日)

2017年11月4日(土) 北区福祉まつり~関西広域連合議会へ

4日、11月恒例の北区の福祉まつり、FUNAOKA STANDARDが船岡山公園で開かれた。北区社会福祉協議会や福祉団体が実行委をつくって毎年開催されている。

オープニングは、昨年と同じく紫野小学校和太鼓部の演奏。昨年よりうんと上手くなっている。

連帯の買い物をして、昼からの関西広域連合議会の全員協議会が開かれる大阪・中ノ島に向かった。そういえば、昨年も同じパターンだった。今年度は、連合議会の産業観光委員会の副委員長に選出され、滋賀県議会の中沢議員が委員長を務めている。

中沢議員とは所属する党は違うが、見識ある発言をされている。今回も連合事務局から提案された女性活躍推進会議について、「何をもって活躍とするのか。活躍を阻害している要因の分析が必要」と指摘された。私もその後に発言し、「同意する。多様で柔軟な働き方改革の実現、と言って非正規雇用を増やすのは間違っている。正規雇用の拡大で働き方改革すべき」と求めた。

(更新日:2017年11月06日)

2017年11月3日(金・祝) 秋晴れの憲法集会とウオーク

11月になって急に快晴が続いている。11月だからまだ秋晴れというのだろうか。

その秋晴れの下、円山野外公園で「生かそう憲法、守ろう9条、憲法集会」が開かれている。

総選挙の結果、与党が多数を占める中で、憲法改悪の動きの強まりに危機感を持つ府民が会場いっぱい集まっている。

政党から、共産党、新社会党、自由党、緑の党の代表が挨拶。立憲民主党からメッセージが紹介された。それぞれから「野党共闘の力憲法改悪の阻止を」と訴えうられた。

穀田衆院議員は選挙結果と世論調査を示して「国会発議をさせない大運動を」と呼びかけて、大きな拍手が寄せられた。

憲法学者の山内敏弘さんの分かりやすい講演を終えて、憲法アピールが始まっている。キンカン行動でいっしょしている藤井悦子さんもアピールされる。

アピールが終われば、市役所まで憲法ウオークだ。

(更新日:2017年11月06日)

2017年11月2日(木) 9月市会の終了本会議において

11月2日、9月市会が終了。今市会は、安倍首相による大義なき解散総選挙によって、議会日程を変更して選挙期間中を「休会」にして、選挙後に再開したもの。この休会措置について党議員団は「京都市政と市議会にとって国政は密接に結びついている。国の法律による行政の縛り、地方交付税はじめ地方財政対策による財源確保など影響は大きい」として、「休会」措置をとって各々の政治活動の保証を求めた。

そして、再開後にはただちに議案審査の常任委員会、市長に対する決算委員会総括質疑をおこない、各会派で議案の態度を決める議員団会議を終えて、本日終了本会議を迎えた。

本会議では、各党入り乱れて(?)22人が討論に立ち、議案への賛成・反対の討論をおこない、共産党議員団からは私を含め10人が討論と意見表明をおこなった。さながら政策大討論会であった・・・。朝10時から開会し昼休みを挟んで本会議のすべての議題が終わったのは2時半を越えていた。

前半議会の討論を含め議員団の集団検討によって練られた党議員の討論を読めば、今議会の内容がよくわかる。それを読み返して「市会を終えて」談話を今執筆している。これも団幹事長の仕事だ。

私のおこなった、「2025国際博覧会(万博)の誘致に関する決議案」に対する反対討論は以下の通り。

「2025年国際博覧会に誘致に関する決議」討論           
             
 日本共産党京都市会議員団は「2025年国際博覧会(以下、「万博))の誘致に関する」決議案に反対の態度を表明しておりますので議員団を代表して討論をおこないます。

 今回の提案は、本年7月に開かれた関西広域連合議会定例会において、万博誘致決議が提案され、可決されました。その採択を受けて、広域連合議会に参加する府県・政令市の議会に誘致決議をあげる働きかけがあったことが背景にあります。

決議案に賛成できない理由は、万博推進の方が「万博とIRは直接関係ない」と言い、決議案には一言も触れられていませんが、今回の大阪・夢洲を会場とする万博誘致は、まさに「IR=カジノ」をセットにした誘致だからであります。カジノは日本の刑法が禁じている賭博であり、他人の不幸の上に成り立つビジネスです。カジノによって「いのち輝く未来社会のデザイン」など描かれるはずがありません。

この間の関係者の声を聞けば事実関係は明らかです。大阪府が万博の基本構想案の中で「万博会場の隣接地に、カジノを含むIRを誘致する」とし、松井知事は「成長の起爆剤として、万博とIRの相乗効果を狙う」とし、また大阪市のホームページでは「夢洲にIRと大阪万博の両方を誘致し、それらを連動、運命共同体とする」としております。ここにこそ、万博誘致の狙いがあります。

このような本音を隠して進める、姑息な誘致運動を認めることなどできないではありませんか。そのことを指摘して反対討論とします。

※なお写真は今年2月市会の代表質問のもの。

(更新日:2017年11月06日)

2017年10月29日(日) 防災訓練で分かったこと

 28日、先週に続いて台風22号が日本列島に接近し雨が降るなか、北区総合防災訓練が佛教大学を会場に開催された。

 台風21号被害を目の当たりにしているだけに、参加されたみなさんは真剣に話に聞き入り、災害対応の実地訓練、避難所訓練に取り組まれていた。

 そのなかで、避難所におけるペットの対応について、初めてペット支援団体の方から「日常生活のなかで近所や地域の方とペットを通じて交流し、ペットの存在を人間と同じ関係にしておくこと。ペットにも排泄などの習慣化をしつけておくことが、ペットをスムーズに避難所生活に参加させることができる」とお話しされた。

また、避難所における赤ちゃんの世話について、段ボールベットと実際の体重の人形を使って実地指導をするブースが設けられている。一歳の孫がいるだけに他人事に思えず、人形を抱っこさせていただき、詳しく話を聞いた。

(更新日:2017年11月06日)

2017年10月31日(火) 台風21号の残した傷跡がここにも

 台風21号の残した爪痕。

 北区では、北部三学区を中心にした大風による倒木で道路が寸断されて通行止め、関電とNTTの電線の寸断による停電を始めライフラインの破壊が相次いだ。

 土木事務所を始め行政関係機関の昼夜を分かたぬ復旧活動で、5日目にしてなんとか復旧の目処は立ったが、山間の奥までは事態把握の見通しが立っていない。

住民の声を聞くと、「何処がどうなっているのか、復旧の目処がどうなっているのか、情報が入ってこないから、対応のしようがない」という声を多く寄せられた。

土木事務所に聞いても、情報が錯綜していて困惑していた。自然災害の際の情報把握の危機管理と、早く適切な情報提供が求められるし、今後の教訓として活かすべき、と思う。

また、新大宮商店街では街路樹が突風にあおられて倒木したり枝が飛んで、商店街のテントが複数損壊した。

連絡を受けて現場に駆けつけて経過を聞き、担当課に連絡したが、「生木(なまき)による災害の場合は、京都市の瑕疵(かし)にはなり難く、市の管理責任を問われるものではなく、損害賠償の対象にならない」という返事。

確かにその理屈は分かるが、市の管理する街路樹に起因する損壊であり、なんとかならないものだろうか。農業における災害対応の場合には産業観光局で復旧支援のメニューがある。

引き続き行政担当課と協議して、なんとか支援のメニューを考えていきたい。

(更新日:2017年11月06日)

2017年10月28日(土) カッコよかった石田さん、さようなら

私の友人である石田信己さんが急に亡くなり、28日、お別れ会があり参列し、見送った。参列者から、井上吉郎さん、守田敏也さん、平信行さんが、心のこもったお別れの言葉を述べられ、涙なしには聞けなかった。

あまりに突然のことで、未だに心の整理がつかない。

石田さんは、府学連委員長を務めた私の大先輩であり、昨年の府学連再建50周年つどいを一緒に取り組み、再建当時の貴重な資料を立命館平和ミュージアムに寄贈した時もご一緒した。

そして、韓国被爆2世3世の運動を取り組み、京都被爆2世3世の会にもいっしょに参加し、日本と韓国の被爆者の架け橋となって、絵本「終わらない冬」の発行など尽力された。

政治活動にも熱心で、二年前のいっせい地方選では左京区市会の冨樫候補の本部長を務め、僅差で落選した時は、我がことのように悔しがっていたのをよく憶えている。

鮎釣りが好きで、この夏にも「いっぱい釣れたし持っていくわ」といただいたばかりだ。

生き方も着こなしもオシャレで、格好よかった。

とにかくよく本を読み、議論好きで、特に朝鮮半島やアジア民族の歴史と現在に造詣が深く、いろんなことを教えていただいた。まだいっぱい教えていただきたかった。

思い出すたびに涙が出てくる。「安らかにお眠りください」と言っても安らかにはしていないだろう。石田さんの分までがんばります。

(更新日:2017年11月06日)

2017年10月25日(水) 美術館の入り口広場が「京セラスクエア」に?!

 25日、総選挙の間、休会していた9月市会が再開し、文化環境委員会が開かれた。環境政策局のから京都議定書20年を記念するイベントの報告1件と文化市民局から市美術館再整備後の館内施設のネーミングライツの報告に対する質疑、美術館屋外モニュメント切断に関わる陳情と市美術館再整備後の施設運営に関する陳情の審議がおこなわれた。

 私は、管内施設のネーミングライツ報告に関して質疑した。まず、命名を審査する審査委員会がなぜ非公開でおこなわれたのかを質すと、副館長は「率直な意見交換ができないから」とか「公平・中立性が損なわれるから」と説明。そこで「なんで率直な意見が出せないのか、公平・中立性が損なわれるのか」と改めて聞くと、「条例で決まっているから」としか言えず、全く答えになっていない。そこで政策監が「ネーミングライツに反対の意見を持つ市民の方がいるから・・・」とフォローしたが、フォローになっていない。そんない市民の声と目線が怖いのか!「語るに落ちる」とはこのことである!

 さらに、80年前に市民や企業の寄付で誕生し、長年現在の名称で親しまれてきた美術館入り口前…の玄関前広場に「京セラスクエア」と名したことについて「一企業の名前をつけた広場を通って入館することになる。80年の歴史になかったことであり、多くの市民に理解され、親しまれるとは思えない」さらに「これから50年間、京セラの名前の下でイベント会場として利用され、企業の絶好の宣伝となる」と追及すると、副館長は「広場の通称名は、美術館の総称名と連動し、分かりやすい名称になる」と強弁。この「感性」では文化や芸術を語る資格はない!モニュメントを切断破壊することと根っこは同じだ(≧◇≦)

 また、展示スペースにすべきとの美術関係者の意見を聞かず、レストランを計画する南東角の付属棟は、敷地内の桜並木と疎水にちなんで「桜水館(おうすいかん)」と命名する。ならば、桜並木を保存・育成するように求め「伐採することはない。きちんと保存する」との答弁。

 80年の風雪に耐え、老朽化した美術館を再整備することに異論はない。しかし、既存の展示スペースが保持さるのか、京セラのレセプションやイベントに振り回されて本来の美術館機能がおろそかになりはしないか。今後の再整備の進展をきちんとチェックしていかなければならない・

(更新日:2017年11月06日)