活動日誌・お知らせ

2018年5月1日(火) メーデーに参加して

今年の全京都統一メーデーは久しぶりの好天気、汗ばむ熱気の中で開かれた。

私が初めて参加したのは、1974年に立命館大学に入学し、民青に入ったばかりの時、大学の先輩たちに誘われて参加。
「労働者の祭典」になんで学生が参加するのか不思議だったが、青空のもと都大路を歩いたのは新鮮な感動だった。

翌年1975年4月30日、アメリカ支配下の南ベトナム・サイゴン(今のホーチミン市)が解放されて、南北に分断されていたベトナムが統一された。翌日に開かれたメーデーはその勝利を歓迎する大きな熱気に包まれた!

あれから半世紀が経とうとするなか、朝鮮戦争による朝鮮半島の不幸な分断から歴史的な南北統一が進もうとしている。歴史はいくつかのジグザグはあっても前に進む。そして「働く者の団結」をスローガンに掲げるメーデーの意義はますます大きくなっている。

日本共産党として、堀川下立売通の北コースで倉林参議院議員・党市会議員団・府会議員団そろって参加者を激励した。

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月30日(月・祝) サンモニの「風をよむ」

29日朝のサンデーモーニング、番組の最後はシリーズ「風をよむ」。いつも楽しみにしている。今回は5月3日の憲法記念日を前に、憲法と平和、軍備と核兵器がテーマ。

紹介されたのはコスタリカ。1949年に憲法に「軍隊の放棄」を掲げ、その後も大統領はアメリカからの軍備増強の圧力を受けながらもがんばっている。日本の安倍首相と比べて実に頼もしい。

さらに記憶に新しいのは、昨年核兵器禁止条約を採択した国連会議の議長を務めたのはコスタリカのホワイト国連大使だったこと。

本来は日本の政府と首相がやらなければならない仕事だ。

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月28日(土) 紫野地域後援会のツツキ花見会

いよいよGWが始まり、初日は一足早い五月晴れ。

汗ばむ陽気のなか、船岡山で紫野地域後援会の花見会を兼ねた知事選ご苦労さん会。桜は当然もうないがサツキが満開、比叡山をバックに新緑が鮮やか。みなさんと弁当、ビール、お酒を飲みながら知事選の感想を出し、昨日の南北首脳会談について意見交換に話が弾んだ。

すでに来年の統一地方選、参院選は始まっている。

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月28日(土) 歴史的な南北首脳会談

南北首脳会談がひらかれて共同宣言が発表され、その中で「朝鮮半島の完全なる非核化」が明記された。

これまでの経過から「手放しで評価できない」という声がある。わからないわけではないが、「出発点にだっただけ」と見るのではなく、「大きな一歩を踏み出した」と見るべきではないだろうか。今後を期待して注目したい。

わたし的には、金正恩さんて結構ユーモアがわかる人なんだ、笑顔になれるんだ、というのが新しい発見だった。また、朝鮮戦争以降の休戦状態から戦争終結に向けて大きな一歩を踏み出したことを注目したい。平和条約が結ばれたら、今の六者協議から六カ国協議になり、朝鮮半島とアジアの平和に大きな力になる。

それにしても、「圧力一辺倒」の安倍首相と日本政府が蚊帳の外に置かれている。「歓迎する」との安倍首相のコメントが虚しく聞こえる。歓迎するのであれば、明確な行動と役割を発揮するべきだ。

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月25日(水) 衣笠選手お疲れ様でした

私がこよなく愛して、応援している広島カープの生え抜きで、「赤ヘル旋風」をつくりだした衣笠祥雄さんが亡くなった。新聞やテレビで特集が組まれ「鉄人」「フルスイング」などなどの紹介や逸話は事欠かないが、しんぶん赤旗の記事は少し違う切り口で紹介している。

衣笠さんは、しんぶん赤旗日曜版で「鉄人衣笠フルスイング」の欄を21年間、200回掲載され、自分の都合で休んだ
ことは一度もない。野球を愛し、人を愛した衣笠さんの選手や技術の紹介は読んでいてとても気持ちよかったことを覚えている。

また、8月6日の原爆投下時間には毎年欠かさずに黙祷し、赤旗日曜版のコラムで「戦中は野球がしたかったのに戦地に駆り出され、無念の死をとげた先輩たちも少なくありません。平和の尊さと市民球団の誇りをかみしめることで、一球一打に心がこもるようになる」と語っている。合掌。

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月22日(日) 甥っ子の結婚式に出席して

私の甥の結婚式が芦屋で開かれ、家族そろって出席した。会場は海のそばにあり、いとこが総支配人を務める結婚式場。先日オープンしたばかりで、第一号の結婚式・披露宴。本人たちの希望で教会での人前結婚式、二人の誓いの言葉が初々しい。

式のあとは、会場の外で出席者からフラワーシャワーを浴びて、青と白の風船を飛ばし、青空に映えて最高。系列の上司や同僚らがお祝いのスピーチ。若々しい披露宴だった。

母親は私の姉、新郎は一人息子。エスコートしながら披露宴のお色直しで退場する際に、甥っ子は思わず涙ぐみ、私ももらい泣きして娘から冷やかされてしまった。

私の自慢の孫も出席し、大人気だった。

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月18日(水) 「二人の京都市長に仕えて」を読んで

知事選挙が終わったら読もうと思っていた一冊の本。一昨年京都市を退職された塚本稔元副市長が、採用から退職までの長年の市職員としての道のりを描いてこの三月末に発行された「二人の京都市長に仕えて」・・・この二日間で読了した。

 塚本氏も本書の中で「仕える」という表現に躊躇があっことを述べておられる。二人の市長を秘書課時代から副市長までの長いあいだ脇役として市長を「支えた」という自負から「仕える」という言葉を使われたことはさもありなんと思う。
 
 私は、二元代表制の一翼をになう議会の一員として、両市長や塚本副市長らと本会議や委員会市長総括質疑で、正面から対決し、時には厳しくやり取りをしてきた。その場面を懐かしく思い出し、振り返りながら読み終えた。

 京都市の最大の負の遺産は同和行政である。背景には、部落解放同盟に屈服した公平性と主体性を放棄した本市のゆがんだ行政があり、担当者が苦しみ、中には自ら命を絶った職員もいた。そしてその歪みが職員不祥事の温床になっていた。
 職員が最も苦しんだ運動団体との軋轢であったことを思うと、門川市長二期目の選挙で争点となり設置された「総点検委員会」の三項目のまとめは珠玉であった。同和行政の完全な終結を求めた市民と市職員の長年の運動による成果だと今でも思ってる。

 また、桝本市長時代に業界からの強い反対や圧力があったものの「京都は日本の財産、世界の宝」「50年、100年後を見据えて次世代に継承する」として策定した「新景観政策」。看板条例など不備はあったが、京都の景観を守るという熱い思いが10年たって今の京都市に受け継がれているだろうか。岡崎エリアや京都駅西部エリア開発を見ていると、新景観政策が行政によって骨抜きにされている、と感じているのは私だけあろうか。

 関係ないが、本能寺会館が建替えのために解体されている。会館のバックに隠れていた本能寺が、御池通りを挟んで市役所本庁舎の党市会議員団控室から見えるようになった(^_-)-☆

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月15日(日) 町内会の花見会

15日、私の住む町内会の春の恒例行事、船岡山花見会。今年は府知事選投票日ややすらい祭があったので、町内会のレクレーション係として会長さんと相談して日程をずらして15日にしてもらった。

だから桜は葉桜に。しかし前日からの☂️が昼前にはあがり、町内会の8世帯から子ども含めて17人が参加。
なんといっても楽しみなのは各家庭からの持ち寄り料理。日頃のわが家では味わえない料理や自家製の梅酒に舌鼓を打ちながら楽しいひと時を過ごした。

知事選の話や地域の出来事や学校や子どものことなどいっぱい話ができてよかった

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月11日(水) 新大宮商店街を知事選報告とあいさつ回り

今回の府知事選挙では北区の新大宮商店街、御園橋商店街、北大路商店街の振興組合から福山候補の推薦をいただいた。選挙が終わり、唯一の練り歩き宣伝をさせてもらった、私のホームグランドである新大宮商店街を私のニュースと選挙の報告ビラをもってあいさつに回り感想や意見をお聞きした。

 理事の方は「8万票なんてちょっとの差。よく頑張ったな。結局、西脇さんのほうからは推薦依頼は来なかったし、選挙カーも回ってこなかった」という。
 ほかにも「福山さんに知事になってもらい、新大宮通りの一方通行を見直して商店街の活性化を図ってほしかった」「練り歩きをしてもらい、握手をして、あぁこの人がいいと思った」「立憲民主が国で対決しながら自民党と相乗りしたのはおかしい。共産党は国でも京都でもまっすぐにスジを通しているのは立派」など、訪問した先々で「お疲れさん」「福山さんに入れたよ」など前向きな激励をいただいた。この商店街では福山さん勝っていたな(^_-)-☆

 なお、訪問の最後に行きつけのお店でラーメンを食べていると「今日、西脇さんが連れの人と冷麺を食べに来はった。声をかけてやり取りしたが、地味な人やな。福山さんのほうが知事らしいわ」との話もおまけに。

 そして「来年はいよいよあんたの選挙やな。こうやって商店街を回ってくれるのはあんただけや。みんなよう見とるで。がんばりや」とのうれしい声もいただいた。「参院選挙とセットです。倉林明子もよろしく頼んます」とお礼と決意も返事させてもらった。

(更新日:2018年06月05日)

2018年4月9日(月) 府知事選挙を終えて、福山さんに感謝

京都府知事選挙の結果を受けて、朝一番はいつものように北大路駅前で浜田府議、玉本市議と一緒に選挙報告宣伝行動。勝っても負けても欠かしたことのない定番。

 そのあとは市役所の議員団室でたまった資料整理。そしてこれまた定番の北区の選挙でお世話になった団体のみなさんにお礼のあいさつ回り。お互いにエール交換した。

 夜は民主府政の会の報告集会。みんなの候補として最高の闘いの先頭に立って奮闘された福山候補のあいさつ。「ほんまに勝ちたかった」と時折り声を詰まらせながら「私の力不足」と語る福山さんに、「そんなことはない」と会場から激励の声が飛ぶ。それでも最後は選挙中と同じように明るく語る福山さんに惜しみない拍手と歓声が寄せられた。ホンマにええ人や。この人と戦って本当によかった。

 そのまま北区の報告集会、柏野地域のご苦労さん会、とはしご。そして最後は地元紫野地域の責任者とお好み焼きをつつきながら反省会と次の統一地方選挙にむけた作戦会議。

 総じて負けた悔しさを込めながら次の闘いに向けてみなさん元気いっぱい。こちらも励まされた。

(更新日:2018年06月05日)

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