2018年10月3日(水) 原子力防災のあり方と原発再稼働

10月3日、9月市会決算委員会での行財政局質疑で「原子力防災のあり方と原発再稼働」について質疑した。参考にしたのは、自治体問題研究所が発行した「新規制基準と住民避難を考える」。少し長いのですがお読みください。

 先の本会議で危機管理監から「原発の安全性については、世界最高水準とされる国の新基準に基づき、国の厳格な審査に適合したものである、との認識」との答弁について「世界最高水準の新基準」という根拠についてまず聞いた。それに対して「シビアアクシデント(過酷事故)対策が盛り込まれ、新基準による安全性が既存原発にも適用されようになったから」(レジリエンス戦略担当部長)と想定通り通りの答弁。
 そこで、3・11福島第一原発事故以降の原発の動向について、①いったんすべての原発が停止、②8原発19基が廃炉、③規制委員会は再稼働申請された原発をすべて許可、④再稼働9基のうち5基が9回の事故、トラブル、⑤福井地裁が「司法の主体的判断」「人格権こそ最高の価値」判決(2014年3月)。これに危機感を持った規制委員会が2016年に「新規制基準の考え方」を策定した。その…ポイントは①「司法の主体的判断」への圧力、②一歩的な「科学技術論」(原発も他の科学技術も絶対的安全性はなく、それが社会的通念)の押し付け。これがその後の司法判断に影響。これで福島事故を教訓にしているか、と追及すると「車や飛行機事故と違って、原発は技術レベルも危険性も非常に高い科学技術」と半分認める答弁。

 一般的な科学技術とは違う原発はひとたび事故が起きれば時間と空間を超える深刻な被害となる。最近の広島高裁では伊方原発の再稼働について「火山爆発に関して国が対策方針を持たず、国民も問題にしていないから原発の安全性は欠けていない」と結論。いいかえれば「国が想定していないから大丈夫」という。ならば本会議での「津波や地震動の想定に沿った対策が講じられている」答弁と矛盾している、と指摘すると「安全対策はこれがすべてではなく、ゴールはない」と、今の新基準がすべてではないことを認める答弁。

 その通りで、規制委委員会のホームページでも新規制基準について「この基準を満たすことによって絶対的な安全性が確保されるわけではない」とある。管理監答弁の「国の厳格な審査に適合しているから安全」というのはゴマカシしであり、新規制基準の考え方こそ欺瞞に満ちたものである。本市においても「原発の安全性と原発の再稼働の是非」はきちんとした科学的見地で議論し決定すべき、と求めたが「国の責任において安全であると判断されたもの」とまるで他人事の答弁。
 その国の判断基準が不明確なのであり、自分の頭で考えないような行政に市民のいのちと安全を託すことができるのだろうか?。

(更新日:2018年10月17日)